愛煙家のアインシュタインと嫌煙家のヒトラー

reason.comの以前の記事ですが,Rick Newcombeによる「As an act of rebellion against political correctness, pipe smoking is hard to beat」にこんなことが書いてありました。長い記事なので続きはこちらを。
19世紀末に誕生した二人のドイツ人,残忍な独裁者アドルフ・ヒトラーと平和主義の科学者アルバート・アインシュタイン。この二人は,タバコに関しても両極端の考えを持っていました。彼らの考え方を再考することは,最近の禁煙社会を検討する上で価値があるのではないでしょうか。
ヒトラーはどんなことにも熱狂的であったので,彼が下品で汚らしいものと考えていたタバコについても過激派であったことは驚くに値しません。Timesは, 「アドルフ・ヒトラーは狂信的な嫌煙家だった」と書いています。 ヒトラーは,第三帝国の女性には全く煙草を吸わせないと宣言し,彼女らの多くはそうしました。
一方,アインシュタインはパイプ喫煙に関して非常に情熱的でした。 1つの講演の間にパイプタバコを吸いきってしまい,学生からタバコを借りてくしゃくしゃにしてボウルに詰めて吸うこともありました。「諸君,我々は偉大な発見をしたね」と彼は言いました。しかし,あとになってその結論は時期尚早だと気づきました。アインシュタインは,紙巻タバコがパイプタバコの芳醇な香りや味を欠いていると気がついたからです。 パイプ喫煙の儀式を重んじた彼は,注意深くパイプとタバコを選び,ていねいにパイプに詰めて,ふかしたりタンピングしたりしながら瞑想するのでした。 「私は、パイプ喫煙が穏やかで客観的な判断に役立つと信じています」と,1950年71歳のときに彼は言い,モントリオールPipe Smokers Clubの終身メンバーになりました。
良いですねえ、文化ですから。昔のアメリカの映画を見ると、男性はお洒落で必ずパイプかシガーをくわえています。
僕は喫煙しませんけど、そういう無駄なものは 男の味になります。
パイプもシガーもシガレットとは違って、時間的な余裕を感じさせますし、ある意味 男のパワーを感じさせ、今の草食男子には無縁でしょう。
確かに、シガレットの煙の臭さには閉口しますが、今の生活環境やオフィスや建物が密閉性を高めて喫煙に向かなくなったのでしょう。それに、昔と比べて人が多すぎます。
無駄は文化です、うどんは炭水化物だけど七味は栄養にはならない、山葵だって同じ、ネクタイだって無駄でしょう?音楽だって無駄とも言える。絵だって無駄だ。でも、人間が持った洗練された文化は そういう無駄のことなんです。
音楽だって、家で楽しむのが普通、絵だって家で楽しむ、写真だって家で飾って楽しむ。人に見せて どうだってのは あまり上等じゃありません。
喫煙だって、人に見せるもんじゃない、個人的な趣味だから、こっそりやれば良いのじゃないでしょうか。文句言うのは野暮というもんだ。人に迷惑をかけなきゃ、関係ない。格好いいと思いますよ。